第24回ブフ大会は成功裏に閉幕

11月2日、日本ウェルネススポーツ大学グラウンド(茨城県利根町)で開催された「ウェルネスモンゴル祭り&第24回ブフ大会」は成功裏に閉幕した。

海外におけるもっとも歴史あるモンゴルイベントである同大会は、今年で24回目を迎えている。日本列島で猛威を振るった19号台風の影響で開催を延期した同イベントは日本ウェルネススポーツ大学の柴岡三千夫理事長・学長のご高配をいただき、急遽同大学での開催となったのである。

開会式には、柴岡三千夫理事長、利根町の佐々木喜章町長、河内町の雜賀正光町長、そして同イベントの最大のスポンサーであるTML.LLC社(モンゴル国ウランバートル市)のテグシ社長とフスレン副社長らが出席した。

モンゴル国北斗星勲章受章者の歌手オットゴンジャルガル、モンゴル国文化功労者アミナ、内モンゴルのホーミーの名手アンガリガ、オルティーン・ドーの名手ショダラガ、馬頭琴王子ウルグン、人気歌手ドゥルゲンらが競演。

ブフ大会には内モンゴルから4人のブフ名手らが特別に参加したほか、モンゴル国の県大会チャンピオンや市町村大会優勝者ら、それにモンゴル・ブフ・クラブの強豪たち32名が技を競い合った。内モンゴル自治区アバガ旗のチャダルバルが優勝し、同ボヤンツォグトが準優勝、同ムンクジャルガルが3位、ツンゲル(モンゴル・ブフ・クラブ)が4位入賞した(写真左からが同順位)。在日モンゴル人子どもたちも可愛い歌声を披露し、喝采を浴びた。

モンゴル国から取り寄せた黄色いテントや、遊牧民の伝統的住居ゲルが二基並び、ゲル内ではゲストたちにモンゴル民族の接待作法によるスーテーツァイ(ミルクティー)、ボーズ、ホーショールなどが振舞われた。

今後このイベントが利根町の秋の風物詩として定着することを願いたい。

同イベントのスポンサーであるTML.LLC社は、2006年にモンゴル国の首都ウランバートル市で創業された外資企業である。モンゴル国初のプラスチック容器の原材料の加工と販売などをメインとする大手企業である。また各種投資、国際貿易を行い、品質の高い商品を提供する優良企業でもある。

同社は、製造業のほかに、建築、道路舗装や補修、運輸業なども営んでいる。近年日本の技術を導入してモンゴル初のガスラス瓶製造・販売も計画している。

代表取締役社長テグシ氏は、中華人民共和国内モンゴル自治区出身である。2017年からブフ大会をメインとする同活動を支援するようになり、さらに第23回ブフ大会(2018)をごらんになり、モンゴル民族文化を大切にしている在日同胞たちの情熱に感動され、継続的支援を決めた。

ここにTML社のテグシ社長に厚く御礼を申し上げると共に、益々のご発展を祈念する次第である。そして大学の施設を提供し、かつ大学を挙げて協力していただいた、日本ウェルネススポーツ大学の柴岡三千夫理事長に御礼を申し上げなければならない。その他長い間ご支援いただいた各企業・団体やスタッフの皆様にも感謝したい。

文責:B@B

世界詩歌記念日の提唱者はモンゴル系詩人だった

     1999年に、ユネスコは世界文学活動の促進を図るために3月21日を『世界詩歌記念日』(World Poetry Day)に制定した。この日は世界各地で詩歌にちなんだ様々なイベントが開かれる。モンゴル詩人たちも例外なく詩を書き、この日を記念してきた。しかし、この『世界詩歌記念日』の提唱者がモンゴル系の詩人だったことはほとんど知られていない。

今年四月にモンゴル国の著名な詩人G・アヨールザナらがカザフスタンの名詩人バヒタジャン・カナピヤノフの詩集『木の葉』をモンゴル語に翻訳・出版した。その際氏は、Zaluu.mnの記者に対して、同詩集の作者であるバヒタジャン・カナピヤノフについて「チンギス・ハーンの長男ジュチの直系である」であるという興味深い情報を提供した。またその記事によると、モンゴル国国民作家称号を持つD・チョードル氏の藩士として、氏が1996年ころバヒタジャン・カナピヤノフと一緒にロシアのゴーリキー文学大学で学んでおり、ある日ロシア詩人祭で、バヒタジャン・カナピヤノフが3月21日を世界詩歌記念日に制定する提案をし、大勢の詩人たちの賛同を得たと伝えている。それが事実なら、その3年後の1999年にユネスコが3月21日を世界詩歌記念日に正式に決定したことになる。それはモンゴル系の詩人の快挙とも言えよう。

ロシア語インターネットで調べると、バヒタジャン・カナピヤノフは1951年10月4日にカザフスタンに生まれた。今年58歳。カザフスタンが誇る詩人、作家、脚本家、映画監督であるという。またカザフスタンの労働英雄章受章者である。 ヨーロッパ文学連盟メンバーなどを務める。

カザフスタンは1236年からチンギス・ハーンの長男ジュチの息子のバトゥ用いるモンゴル騎馬軍団に征服され、1242年からはバトゥが建てたジュチ・ウルス(キプチャク・ハン国=欽察汗国)の支配下にあった。そうした歴史的経緯を考慮すれば、バヒタジャン・カナピヤノフがジュチの直系である可能性は十分あるのではないかと思われる。    文責:B@B

この記事は、https://dnn.mn/ном-ярьж-өгье-алтан-ургийн-бахытжан-канапьяновын-мөчир-монголчлогдлоо/に基づき、編集・加筆したものである。

TS・ダムディンスレン銅像の除幕式が行われる

5月5日、モンゴル国大統領の提唱により、首都ウランバートル市内にある国立テーマパークで、国民作家、三度の国家勲章受章者、啓蒙思想家、教育家、学者、翻訳家である故TS・ダムディンスレン氏(1808-1986)の銅像の除幕式が盛大に行われた。銅像は高さ3.5メートルで、民族衣装を着て、左手に著書を、右手にペンを持った、芸術的な座像となっている。

氏の銅像は、首都ウランバートル市建市380周年記念活動の一環であり、また氏の生誕111周年記念として建てられた。除幕式には多くの政府や市の高官たちが参列した。あいさつに立ったウランバートル市長S・アマルサイハン氏は「われわれはTS・ダムディンスレン氏の銅像を建てるだけではなく、氏の偉業を若い世代に伝えてきたい」と述べた。

TS・ダムディンスレン氏は、『モンゴル秘史』の現代語訳、『モンゴル文学100選』など輝かしい業績を残す一方で、旧ソ連の影響を受けてモンゴル伝統的縦文字をキリル文字表記法で転写する方法を考案した。それは1946年から現在までモンゴル国の公式文字として使用されている。TS・ダムディンスレン氏は晩年にはそれを自分の生涯における唯一の「大罪」であると自省していたという。近年伝統的縦モンゴル文字を復活させようとする動きも活発である。

                   文責:B@B

 

同記事は https://zasag.mn/news/view/22489により編集したものである。